ブランドアートポスター
/バイオグラフィー
ブランドアートポスター
ブランドとは「焼印をつけること」を意味する brander というノルウェーの古ノルド語から
派生したものであるといわれています。
古くから放牧している家畜に自らの所有物であることを示すために自製の焼印を押したと言われています。
現代では、マーケティング分野におけるブランドの価値が注目されており、
その商品が優れていた結果広く使われるに従い、付属物が「商品が良質だ」「使い勝手が良い」等といった、
判断基準を消費者に連想させるような働きをするようになっています。
ファッションにおけるブランドは、個性がより求められるため、他業界よりも差別化の価値が高いとされており、
いわゆるブランド戦略が成り立ちやすいと言われてきました。
シャネルやルイヴィトン等に代表される人気ファッションブランドは、そんなブランドの黎明期に燦然と輝く
安定、安心、高級感を見事に成り立たせ、自らのブランド性を高めていきました。
人気ブランドとなったブランドはその大衆化や日常化のために陳腐化によるブランド価値の低下とのバランスを
どのように図るかが課題となるようで、特に希少性を訴えるものであればあるほどそのバランスが難しいとされています。
ファッションが当たり前のようにテレビやパソコンなどで容易に模索できる現在とは違い、
過去のファッション市場の最前線では、自社のブランド性を高める為に数多くの広告が展開されました。
雑誌などの紙面媒体を筆頭に、該当や商店のポスターなどなど多岐にわたりました。
その一時代を代表するような、その時代の最新ファッションやそれを宣伝するための、
こだわりぬいた商業ポスターは、現代では過去にありながらも現代のアート文化に引けをとらない、
独立したアートとして人気を集めています。
ブランドアートポスター
/アートポスター 一覧
シャネル(CHANEL)
フランスの女性ファッションデザイナー、ココ・シャネルが起こした、
誰しもが一度は名前を聞いた事があるブランド。シャネル。
レディース商品を中心に展開しており、服飾・化粧品・香水・宝飾品と展開分野は幅広い展望を遂げています。
ウーマンリブ的な「古い価値観にとらわれない女性像」がブランドポリシーで、喪服用途であった黒い服を
「リトル・ブラック・ドレス」として広汎的に広め、また自立した働く女性のためのジャージ素材、
ツイード素材のスーツを打ち出すなどファッションの歴史を次々と刷新していきました。
この作品のように女優マリリンモンローとの関係も密接であり、とある記者に「夜は何を着て寝るのか?」との質問に
マリリンは「シャネルの5番よ」と答えたエピソードはあまりにも有名です。
シャネルといえば、やはり香水が始めに思い浮かびます。
調香師エルネスト・ポーによる“No.5”を作ったのが1921年で、
それ以来香水界でもリーディング・ブランドの1つとして現在でも高い評価を受けている香水。
このポスターはそんなシャネルの広告ポスターをかのポップアートの巨匠、
アンディー・ウォーホルが依頼されて製作したものです。
シャネルの広告独自のわかりやすさと、香りが漂うような妖艶な雰囲気が、
“No.5”の持つ魅力を遺憾なく表した一品です。
ちなみに現CHANELデザイナーとしてカール・ラガーフェルドという芸術家が担当しています。
ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)
ルイ・ヴィトンはフランスのスーツケース職人、ルイ・ヴィトンが創始したファッションブランドです。
現代では財布や鞄などのファッションアイテムが人気を博し、流行のみならず希少性の高い高級ブランド
として全世界に認知されています。
日本では1981年に東京・銀座に専門店がオープン。たちまち人気の商品となりました。
今でこそ世界的有数のブランドであるルイヴィトンですが、その商品が評価されるようになったのは、
創始者であるルイが亡くなった後のことであるといいます。
始めは小さなアトリエでとても軽量な灰色のトランクを作っていたそうですが、その後の1860年、
ヴィトン社は需要に押されて規模を拡大。
1867年、万国博覧会で銅メダルを獲得し、これにより世界的な評判を獲得したのだと言います。
こちらの作品はルイ・ヴィトンクラシックアワードという世界的に有名なクラシックカーのコンベンションの
貴重な広告ポスター作品でヴィンテージ作品です。
ルイ・ヴィトン クラシックコンクール賞は、世界でもっとも格式高いショーであるといわれています
ディオール(Dior)
クリスチャン・ディオールとは1950年代に活躍したフランスのファッションデザイナー、
および彼が創立したファッションブランドを展開する企業。
企業としてはディオール(Dior)と呼ばれることが多く、日本でも親しみをもたれています。
1945年、ディオールは彼自身で事業を始めます。ディオールのファッションハウスは1946年12月、
マルセル・ブサックの援助もあり、パリ、アヴェニュー・モンテーニュ30番地に設立され、
翌1947年2月には最初のファッションショーを開催します。
この1947年の春夏コレクションにディオールが採用したラインが、いわゆる「ニュールック」で高い評価を得ました。
戦後のファッションの指針を示したディオールは47年から57年までの11年間、
パリのオートクチュール界の頂点に君臨していました。
彼は毎シーズン、ラインというテーマに沿って作品を発表し、そのつど高い評価と人気を確固たるものにしていきました。
イヴ・サン=ローラン(Yves Saint Laurent)
フランス領アルジェリア出身のファッションデザイナー。
または、彼の名を冠したファッションブランドの事をイヴ・サン=ローランと指します。
フランスが誇る世界的ブランドと言うだけでなく、幅広く世界で認知されている人気ブランドです。
ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、ポール・ポワレらとともに20世紀のファッション業界をリードし、
2002年の引退まで、トップデザイナーとして40年にわたり活躍、「モードの帝王」と呼ばれていました。
生前、親交の深かったナオミ・キャンベルは「彼はファッションの王様だった」と語っています。
また、イブが亡くなった際に「私が彼に『イヴ、私は仏版ヴォーグ誌の表紙になれないわ。
黒人の女の子を起用しないみたいなの』って言ったら、彼は『僕にまかせておいて』って答えてくれたの」
というエピソードを明かしています。
実際に後日、ナオミは黒人モデルとして初めて仏版ヴォーグ誌の表紙を飾っっていました。
このことから、「彼はプレタポルテを生みだし、初めてランウェイに有色人種を起用した。重要な人物」
と評されています。
2010年にはイヴ・サン=ローランの人生を綴ったフランスのドキュメンタリー映画が公開され話題を呼びました。